正文 第27节

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    その頃は私はもうたまんないくらいにぐじゅぐじゅよcあそこ。お恥かしい話だけれど。あんなに濡れたのはあとにも先にもはじめてだったわね。どちらかいうとc私は自分がそれまで性的に淡白な方だと思ってたの。だからそんな風になってc自分でもいささか茫然としちゃったのよ。それから下着の中に彼女の細くてやわらかな指が入ってきてcそれでねえcわかるでしょcだいたいそんなこと私の口から言えないわよcとても。そういうのってねc男の人のごつごつした指でやられるのと全然違うのよ。凄いわよc本当。まるで羽毛でくすぐられてるみたいで。私もう頭のヒューズがとんじゃいそうだったわ。でもねc私cボォッとした頭の中でこんなことしてちゃ駄目だと思ったの。一度こんなことやったら延々とこれをやりつづけることになるしcそんな秘密も抱えこんだら私の頭はまだこんがらがるに決まっているんだもの。そして子供のことを考えたの。子供にこんなところ見られたらどうしようってね。子供は土曜日は三時くらいまで私の実家に遊びに行くことになっていたんだけれどcもし何かがあって急にうちに帰ってきたりしたらどうしようってね。そう思ったの。それで私c全身の力をふりしぼって起きあがって止めてcお願いって叫んだの。

    でも彼女止めなかったわ。その子cそのとき私の下着脱がせてクンニリングスしてたの。私c恥かしいから主人さえ殆んどそういうのさせなかったのにc十三歳の女の子が私のあそこぺろぺろ舐めてるのよ。参っちゃうわよ。私c泣けちゃうわよ。それがまた天国にのぼったみたいにすごいんだもの。

    止めなさいってもう一度どなってcその子の頬を打ったの。思いきり。それで彼女やっとやめたわ。そして体起こしてじっと私を見た。私たちそのとき二人ともまるっきりの裸でねcベッドの上に身を起こしてお互いじっと見つめあったわけ。その子は十三でc私は三十一ででもその子の体を見てるとc私なんだか圧倒されちゃったわね。今でもありありと覚えているわよ。あれが十三の女の子のだなんて私にはとても信じられなかったしc今でも信じられないわよ。あの子の前に立つと私の体なんてcおいおい泣き出したいくらいみっともない代物だったわ。本当よ」

    なんとも言いようがないので僕は黙っていた。

    「ねえどうしてよってその子は言ったわ。先生もこれ好きでしょ私最初から知ってたのよ。好きでしょわかるのよcそういうの。男の人とやるよりずっといいでしょだってこんな濡れてるじゃない。私cもっともっと良くしてあげられるわよ。本当よ。体が溶けちゃうくらい良くしてあげられるのよ。いいでしょcねでもねc本当にその子の言うとおりなのよ。本当に。主人とやるよりその子とやってる方がずっと良かったしcもっとしてほしかったのよ。でもそうするわけにはいかないのよ。私たち週一回これやりましょうよ。一回でいいのよ。誰にもわからないもの。先生と私だけの秘密にしましょうねって彼女は言ったわ。

    でも私c立ち上がってバスローブ羽織ってcもう帰ってくれcもう二度とうちに来ないでくれって言ったの。その子c私のことじっと見てたわ。その目がねcいつもと違ってすごく平板なの。まるでボール紙に絵の具塗って描いたみたいに平板なのよ。奥行きがなくて。しばらくじっと私のこと見てからc黙って自分の服をあつめてcまるで見せつけるみたいにゆっくりとひとつひとつそれを身につけてcそれからピアノのある居間に戻ってcバッグからヘアブラシを出して髪をとかしcハンカチで唇の血を拭きc靴をはいて出ていったの。出がけにこう言ったわ。あなたレズビアンなのよc本当よ。どれだけ胡麻化したって死ぬまでそうなのよってね」

    「本当にそうなんですか」と僕は訊いてみた。

    レイコさんは唇を曲げてしばらく考えていた。「イエスでもありcノオでもあるわね。主人とやるよりはその子とやるときの方が感じたわよ。これは事実ね。だから一時は自分でも私はレズビアンんなんじゃないかcやはり真剣に悩んだわよ。これまでそれ気づかなかっただけなんだってね。でも最近はそう思わないわ。もちろんそういう傾向が私の中にないとは言わないわよ。女の子を見て積極的に欲情するということはないからね。わかる」

    僕は肯いた。

    「ただある種の女の子が私に感応しcその感応が私に伝わるだけなのよ。そういう場合に限って私はそうなっちゃうのよ。だからたとえば直子を抱いたってc私とくに何も感じないわよ。私たち暑いときなんか部屋の中では殆んど裸同然で暮らしてるしcお風呂だって一緒に入るしcたまにひとつの布団の中で寝るしでも何もないわよ。何も感じないわよ。あの子の体だってすごくきれいだけどcでもねcべつにそれだけよ。ねえc私たち一度レズごっとしたことあるのよ。直子と私とで。こんな話聞きたくない」

    「話して下さい」

    「私がこの話をあの子にしたとき――私たちなんでも話すのよ――直子がためしに私を撫でてくれたのcいろいろと。二人で裸になってね。でも駄目よcぜんぜん。くすぐったくてくすぐったくてcもう死にそうだったわ。今思い出してもムズムズするわよ。そういうのってあの子本当に不器用なんだから。どう少しホッとした」

    「そうですねc正直言って」と僕は言った。

    「まあcそういうことよcだいたい」とレイコさんは小指の先で眉のあたりを掻きながら言った。

    「その女の子が出ていってしまうとc私しばらく椅子に座ってボォッとしていたの。どうしていいかよくわかんなくて。体のずうっと奥の方から心臓の鼓動がコトッコトッて鈍い音で聞こえてc手足がいやに重くてc口が蛾でも食べたみたいにかさかさして。でも子供が帰ってくるからとにかくお風呂に入ろうと思って入ったの。そしてあの子に撫でられたり舐められたりした体をとにかくきれいに洗っちゃおうって思ったの。でもねcどれだけ石鹸でごしごし洗ってもcそういうぬめりのようなものは落ちないのよ。たぶんそんなの気のせいだと思うんだけど駄目なのよね。でcその夜c彼に抱いてもらったの。その穢れおとしみたいな感じでね。もちろん彼にはそんなことなにも言わなかったわよ。とてもじゃないけど言えないわよ。ただ抱いてって言ってcやってもらっただけ。ねえcいつもより時間かけてゆっくりやってねって言って。彼すごく丁寧にやってくれたわ。たっぷり時間かけて。私それでバッチリいっちゃったわよcピューッて。あんなにすごくいっちゃったの結婚してはじめてだったわ。どうしてだと思うあの子の指の感触が私の体に残ってたからよ。それだけなのよ。ひゅう。恥かしいわねえcこういう話。汗が出ちゃうわ。やってくれたとかいっちゃったとか」レイコさんはまた唇を曲げて笑った。「でもねcそれでもまだ駄目だったわ。二日たっても三日たっても残っているのよcその女の子の感触が。そして彼女の最後の科白が頭の中でこだまみたいにわんわんと鳴りひびいているのよ」

    「翌週の土曜日c彼女は来なかった。もしきたらどうしようかなあってc私どきどきしながら家にいたの。何も手につかなくて。でも来なかったわ。まあ来ないわよね。プライドの高い子だしcあんな風になっちゃったわけだから。そして翌週もcまた次の週も来なくってヶ月が経ったのよ。時間がたてばそんなことも忘れちゃうだろうと私は思ってたんだけどcでもうまく忘れられなかったの。一人で家の中にいるとねcなんだかその女の子の気配がまわりにふっと感じられて落ち着かないのよ。ピアノも弾けないしc考えることもできないし。何しようとしてもうまく手につけないわけ。それでそういう風に一ヶ月くらいたってある日ふと気づいたんだけれどc外を歩くと何か変なのよね。近所の人が妙に私のことを意識してるのよ。私を見る目がなんだかこう変な感じでcよそよそしいのよ。もちろんあいさつくらいはするんだけれどc声の調子も応待もこれまでとは違うのよ。ときどきうちに遊びに来ていた隣りの奥さんもどうも私を避けてるみたいなのね。でも私はなるべくそういうの気にすまいとしてたの。そういうのを気にし出すのって病気の初期徴候だから。

    ある日c私の親しくしてる奥さんがうちに来たの。同年配だしc私の母の知り合いの娘さんだしc子供の幼稚園が一緒だったんでc私たちわりに親しかったのよ。その奥さんが突然やってきてcあなたについてひどい噂が広まっているけれど知っているかって言うの。知らないわって私言ったわ。

    どんなのよ

    どんなのって言われてもcすごく言いにくいのよ

    言いにくいったってcあなたそこまで言ったんだものc全部おっしゃいよ

    それでも彼女すごく嫌がったんだけどc私全部聞きだしたの。まあ本人だってはじめてしゃべりたくって来てるんだものc何のかんの言ったってしゃべるわよ。そしてc彼女の話によるとねc噂というのは私が精神病院に何度も入っていた札つきの同性愛者でcピアノのレッスンに通ってきていた生徒の女の子を裸にしていたずらしようとしてcその子が抵抗すると顔がはれるくらい打ったっていうことなのよ。話のつくりかえもすごいけどcどうして私が入院していたことがわかったんだろうってそっちの方もびっくりしちゃったわね。

    私cあなたのこと昔から知ってるしcそういう人じゃないってみんなに言ったのよってその人は言ったわ。でもねcその女の子の親はそう信じこんでいてc近所の人みんなにそのこと言いふらしてるのよ。娘があなたにいたずらされたっていうんでcあなたのこと調べてみたら精神病の病歴があることがわかったってね

    彼女の話によるとあの日――つまりあの事件の日よね――その子が泣きはらした顔でピアノのレッスンから帰ってきたんでcいったいどうしたのかって母親が問いただしたらしいのよ。顔が腫れて唇が切れて血が出ていてcブラウスのボタンがとれてc下着も少し破れていたんですって。ねえc信じられるもちろん話をでっちあげるためにあの子自分で全部それやったのよ。ブラウスにわざと血をつけてcボタンちぎってcブラジャーのレースを破いて人でおいおい泣いて目を真っ赤にしてc髪をくしゃくしゃにしてcそれで家に帰ってバケツ三杯ぶんくらいの嘘をついたのよ。そういうのありありと目に浮かぶわよ。

    でもだからといってその子の話を信じたみんなを責めるわけにはいかないわよ。私だって信じたと思うものcもしそういう立場に置かれたら。お人形みたいにきれいで悪魔みたいに口のうまい女の子がくしくし泣きながら嫌よ。私c何も言いたくない。恥かしいわなんて言ってうちあけ話したらcそりゃみんなコロッと信じちゃうわよ。おまけに具合のわるいことにc私に精神病院の入院歴があるっていうのは本当じゃない。その子の顔を思いきり打ったっていうのも本当じゃない。となるといったい誰が私の言うことを信じてくれる信じてくれるのは夫くらいのものよ。

    何日がずいぶん迷ったあとで思いきって夫に話してみたんだけどc彼は信じてくれたわよcもちろん。私cあの日に起ったことを全部彼に話したの。レズビアンのようなことをしかけられたんだcそれで打ったんだって。もちろん感じたことまで言わなかったわよ。それはちょっと具合わるいわよcいくらなんでも。冗談じゃない。俺がそこの家に言って直談判してきてやるって彼はすごく怒って言ったわ。だって君は僕と結婚して子供までいるんだぜ。なんでレズビアンなんて言われなきゃならないんだよ。そんなふざけた話あるものかって。

    でも私c彼をとめたの。行かないでくれって。よしてよcそんなことしたって私たちの傷が深くなるだけだからって言ってね。そうなのよc私にはわかっていたのよcもう。あの子の心が病んでいるだっていうことがね。私もそういう病んだ人たちをたくさん見てきたからよくわかるの。あの子は体の芯まで腐ってるのよ。あの美しい皮膚を一枚はいだら中身は全部腐肉なのよ。こういう言い方ってひどいかもしれないけどc本当にそうなのよ。でもそれは世の中の人にはまずわからないしcどん転んだって私たちには勝ち目はないのよ。その子は大人の感情をあやつることに長けているしc我々の手には何の好材料もないのよ。だいたい十三の女の子が三十すぎの女に同性愛をしかけるなんてどこの誰が信じてくれるのよ何を言ったところでc世間の人って自分の信じたいことしか信じないんだもの。もがけばもがくほど私たちの立場はもっとひどくなっていくだけなのよ。

    引越しましょうよって私は言ったわ。それしかないわよcこれ以上ここにいたら緊張が強くてc私の頭のネジがまた飛んじゃうわよ。今だって私相当フラフラなのよ。とにかく誰も知っている人のいない遠いところに移りましょうって。でも夫は動きだがらなかったわ。あの人c事の重大さにまだよく気がついてなかったのね。彼は会社の仕事が面白くて仕方なかった時期だったしc小さな建売住宅だったけど家もやっと手に入れたばかりだったしc娘も幼稚園に馴染んでいたし。おいちょっと待てよcそんなに急に動けるわけないだろうって彼は言った。仕事だっておいそれとみつけることはできないしc家だって売らなきゃならないしc子供の幼稚園だってみつけなきゃならないしcどんなに急いだって二ヶ月はかかるよってね。

    駄目よそんなことしたらc二度と立ち上がれないくらい傷つくわよcって私言ったわ。脅しじゃなくてこれ本当よって。私には自分でそれがわかるのよって。私その頃には耳鳴りとか幻聴とか不眠とかがもう少しずつ始まってたんですもの。じゃあ君c先に一人でどこかに行ってろよc僕はいろんな用事を済ませてから行くからって彼は言ったわ。

    嫌よって私は言ったの。一人でなんかどこにも行きたくないわ。今あなたと離ればなれになったら私バラバラになっちゃうわよ。私は今あなたを求めているのよ。一人なんかしないで

    彼は私のことを抱いてくれたわ。そして少しだけでいいから我慢してくれって言ったの。一ヶ月だけ我慢してくれって。そのあいだ僕は何もかもちゃんと手配する。仕事の整理もするc家も売るc子供の幼稚園も手配するc新しい職もみつける。うまく行けばオーストラリアに仕事の口があるかもしれない。だから一ヶ月だけ待ってくれ。そうすれば何もかもうまくいくからってね。そう言われると私cそれ以上何も言えなかったわ。だって何か言おうとすればするほど私だんだん孤独になっていくんですもの」

    レイコさんはため息をついて天井の電灯を見あげた。

    「でも一ヶ月はもたなかった。ある日頭のネジが外れちゃってcボンッよ。今回はひどかったわねc睡眠薬飲んでガスひねったの。でも死ねなくてc気づいたら病院のベッドよ。それでおしまい。何ヶ月かたって少し落ち着いて物が考えられるようになった頃にc離婚してくれって夫に言ったの。それがあなたのためにも娘のためにもいちばんいいのよって。離婚するつもりはないcって彼は言ったわ。

    もう一度やりなおせるよ。新しい土地に行って三人でやりなおそうよって。

    もう遅いのって私は言ったわ。あのときに全部終っちゃったのよ。一ヶ月待ってくれってあなたが言ったときにね。もし本当にやりなおしたいと思うのならあなたはあのときにそんなこと言うべきじゃなかったのよ。どこに行ってもcどんな遠くに移ってもcまた同じようなことが起るわよ。そして私はまた同じようなことを要求してあなたを苦しめることになるしc私もうそういうことしたくないのよ

    そして私たち離婚したわ。というか私の方から無理に離婚したの。彼は二年前に再婚しちゃったけどc私今でもそれでよかったんだと思ってるわよ。本当よ。その頃には自分の一生がずっとこんな具合だろうってことがわかっていたしcそういうのにもう誰をもまきこみたくなかった。いつ頭のたがが外れるかってびくびくしながら暮すような生活を誰にも押しつけたくなかったの。

    彼は私にとても良くしてくれたわよ。彼は信頼できる誠実な人だしc力強いし辛棒強いしc私にとっては理想的な夫だったわ

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