正文 第20节

推荐阅读: 邪王嗜宠:神医狂妃   邪王嗜宠鬼医狂妃   邪王嗜宠:鬼医狂妃   妖孽修真弃少   我寄人间   从今天起当首富   宠妻入骨:神秘老公有点坏   重生之再铸青春   超级修真弃少   修复师   万古第一神   我在坟场画皮十五年   裂天空骑   武神主宰   神医萌宝   重生南非当警察   神道仙尊   妖夫在上  

    「歩いて旅行すること。泳ぐことc本を読むこと」

    「一人でやることが好きなのね」

    「そうですねcそうかもしれませんね」と僕は言った。「他人とやるゲームって昔からそんなに興味が持てないんです。そういうのって何をやってもうまくのりこめないんです。どうでもよくなっちゃうんです」

    「じゃあ冬にここにいらっしゃいよ。私たち冬にはクロスカントリースキーやるのよ。あなたきっとあれ好きになるわよ。雪の中を一日バタバタ歩きまわって汗だくになって」とレイコさんは言った。そして街灯の光の下でまるで古い楽器を点検するみたいにじっと自分の右手を眺めた。

    「直子はよくあんな風になるんですか」と僕は訊いてみた。

    「そうねcときどきね」とレイコさんは今度は左手を見ながら言った。「ときどきあんな具合になるわけ。気が高ぶってc泣いて。でもいいのよcそれはそれで。感情を外に出しているわけだからね。怖いのはそれが出せなくなったときよ。そうするとねc感情が体の中にたまってだんだん固くなっていくの。いろんな感情が固まってc体の中で死んでいくの。そうなるともう大変ね」

    「僕はさっき何か間違ったこと言ったりしませんでしたか」

    「何も。大丈夫よc何も間違ってないから心配しなくていいわよ。なんでも正直に言いなさい。それがいちばん良いことなのよ。もしそれがお互いをいくらか傷つけることになったとしてもcあるいはさっきみたいに誰かの感情をたかぶらせることになったとしても長い目で見ればそれがいちばん良いやり方なの。あなたが真剣に直子を回復させたいと望んでいるならcそうしなさい。最初にも言ったようにcあの子を助けたいと思うんじゃなくてcあの子を回復させることによって自分も回復したいと望むのよ。それがここのやり方だから。だからつまりcあなたもいろんなことを正直にしゃべるようにしなくちゃいけないわけcここではcだって外の世界ではみんなが何もかも正直にしゃべってるわけではないでしょう」

    「そうですね」と僕は言った。

    「私は七年もここにいてcずいぶん多くの人が入ってきたり出て行ったりするのを見てきたのよ」とレイコさんは言った。「たぶんそういうのを沢山見すぎてきたんでしょうね。だからその人を見ているだけでcなおりそうとかなおりそうじゃないとかcわりに直感的にわかっちゃうところがあるのよ。でも直子の場合はねc私にもよくわからないの。あの子がいったいどうなるのかc私にも皆目見当がつかないのよ。来月になったらさっぱりとなおってるかもしれないしcあるいは何年も何年もこういうのがつづくかもしれないしcだからそれについては私にはあなたに何かアドバイスすることはできないのよ。ただ正直になりなさいとかc助けあいなさいとかcそういうごく一般的なことしかね」

    「どうして直子に限って見当がつかないんですか」

    「たぶん私があの子のこと好きだからよね。だからうまく見きわめがつかないじゃないかしらc感情が入りすぎていて。ねえc私cあの子のこと好きなのよc本当に。それからそれとは別にねcあの子の場合にはいろんな問題がいささか複雑にcもつれた紐みたいに絡み合っていてcそれをひとつひとつほぐしていくのが骨なのよ。それをほぐすのに長い時間がかかるかもしれないしcあるいは何かの拍子にぽっと全部ほぐれちゃうかもしれないしね。まあそういうことよ。それで私も決めかねているわけ」

    彼女はもう一度バスケットボールを手にとってcぐるぐると手の中でまわしてから地面にバウンドさせた。

    「いちばん大事なことはねc焦らないことよ」とレイコさんは僕に言った。「これが私のもう一つの忠告ね。焦らないこと。物事が手に負えないくらい入りこんで絡み合っていても絶望的な気持ちになったりc短気を起こして無理にひっぱったりしちゃ駄目なのよ。時間をかけてやるつもりでcひとつひとつゆっくりほぐしていかなきゃいけないのよ。できるの」

    「やってみます」と僕は言った。

    「時間がかかるかもしれないしc時間かけても完全にはならないかもしれないわよ。あなたそのこと考えてみた」

    僕は肯いた。

    「待つのは辛いわよ」とレイコさんはボールをバウンドさせながら言った。「とくにあなたくらいの歳の人にはね。ただただ彼女がなおるのをじっと待つのよ。そしてそこには何の期限も保証もないのよ。あなたにそれができるのそこまで直子のことを愛してる」

    「わからないですね」と僕は正直に言った。「僕にも人を愛するというのがどういうことなのか本当によくわからないんです。直子とは違った意味でね。でお僕はできる限りのことをやって見たいんです。そうしないと自分がどこに行けばいいのかということもよくわからないんですよ。だからさっきレイコさんが言ったようにc僕と直子はお互いを救いあわなくちゃいけないしcそうするしかお互いが救われる道はないと思います」

    「そしてゆきずりの女の子と寝つづけるの」

    「それもどうしていいかよくわかりませんね」と僕は言った。「いったいどうすればいいんですかずっとマスターペーションしながら待ちつづけるべきなんですか自分でもうまく収拾できないんですよ。そういうのって」

    レイコさんはボールを地面に置いてc僕の膝を軽く叩いた。「あのねc何も女の子と寝るのがよくないって言ってるんじゃないのよ。あなたがそれでいいんならcそれでいいのよ。だってそれはあなたの人生だものcあなたが自分で決めればいいのよ。ただ私の言いたいのはc不自然なかたちで自分を擦り減らしちゃいけないっていうことよ。わかるそういうのってすごくもったいないのよ。十九と二十歳というのは人格成熟にとってとても大事な時期だしcそういう時期につまらない歪みかたするとc年をとってから辛いのよ。本当よcこれ。だからよく考えてね。直子を大事にしたいと思うなら自分も大事にしなさいね」

    考えてみますcと僕は言った。

    「私にも二十歳の頃があったわ。ずっと昔のことだけど」とレイコさんは言った。「信じる」

    「心から信じるよcもちろん」

    「心から信じる」

    「心から信じますよ」と僕は笑いながら言った。

    「直子ほどじゃないけれどc私だってけっこう可愛いかったのよ。その頃は。今ほどしわもなかったしね」

    そのしわすごく好きですよと僕は言った。ありがとうと彼女は言った。

    「でもねcこの先女の人にあなたのしわが魅力的だなんて言っちゃ駄目よ。私はそう言われると嬉しいけどね」

    「気をつけます」と僕は言った。

    彼女はズボンのポケットから財布を取り出しc定期入れのところに入っている写真を出して僕に見せてくれた。十歳前後のかわいい女の子のカラー写真だった。その女の子は派手なスキーウェアを着て足にスキーをつけc雪の上でにっこりと微笑んでいた。

    「なかなか美人でしょう私の娘よ」とレイコさんは言った。「今年はじめにこの写真送ってくれたの。今c小学校の四年生かな」

    「笑い方が似てますね」と僕は言ってその写真を彼女の返した。彼女は財布をポケットに戻しc小さく鼻を鳴らして煙草をくわえて火をつけた。

    「私若いころねcプロのピアニストになるつもりだったのよ。才能だってまずまずあったしcまわりもそれを認めてくれたしね。けっこうちやほやされて育ったのよ。コンクールで優勝したこともあるしc音大ではずっとトップの成績だったしc卒業したらドイツに留学するっていう話もだいたい決っていたしねcまあ一点の曇りもない青春だったわね。何をやってもうまく行くしcうまく行かなきゃまわりがうまく行くように手をまわしてくれるしね。でも変なことが起ってある日全部が狂っちゃったのよ。あれは音大の四年のときね。わりに大事なコンクールがあってc私ずっとそのための練習してたんだけどc突然左の小指が動かなくなっちゃったの。どうして動かないのかわからないんだけどcとにかく全然動かないのよ。マッサージしたりcお湯につけたりcニc三日練習休んだりしたんだけどcそれでも全然駄目なのよ。私真っ青になって病院に行ったの。それでずいぶんいろんな検査したんだけれどc医者にもよくわからないのよ。指には何の異常もないしc神経もちゃんとしているしc動かないわけがないっていうのね。だから精神的なものじゃないかって。精神科に行ってみたわよc私。でもそこでもやはりはっきりしたことはわからなかったの。コンクール前のストレスでそうなったじゃないかっていうことくらいしかね。だからとにかく当分ピアノを離れて暮らしなさいって言われたの」

    レイコさんは煙草の煙を深く吸いこんで吐き出した。そして首を何回か曲げた。

    「それで私c伊豆にいる祖母のところに行ってしばらく静養することにしたの。そのコンクールのことはあきらめてcここはひとつのんびりしてやろうc二週間くらいピアノにさわらないで好きなことして遊んでやろうってね。でも駄目だったわ。何をしても頭の中にピアノのことしか浮かんでこないのよ。それ以外のことが何ひとつ思い浮かばないのよ。一生このまま小指が動かないんじゃないだろうかもしそうなったらこれからいったいどうやって生きていけばいいんだろうそんなことばかりぐるぐる同じこと考えてるのね。だって仕方ないわよcそれまでの人生でピアノが私の全てだったんだもの。私はね四つのときからピアノを始めてcそのことだけを考えて生きてきたのよ。それ以外のことなんか殆んど何ひとつ考えなかったわ。指に怪我しちゃいけないっていうんで家事ひとつしたことないしcピアノが上手いっていうことだけでまわりが気をつかってくれるしねcそんな風にして育ってきた女の子からピアノをとってごらんなさいよcいったい何が残るそれでボンッよ。頭のねじがどこかに吹き飛んじゃったのよ。頭がもつれてc真っ暗になっちゃって」

    彼女は煙草を地面に捨てて踏んで消しcそれからまた何度か首を曲げた。

    「それでコンサートピアニストになる夢はおしまいよ。二ヶ月入院してc退院して。病院に入って少ししてから小指は動くようになったからc音大に復学してなんとか卒業することはできたわよ。でもねcもう何かか消えちゃったのよ。何かこうcエネルギーの玉のようなものがc体の中から消えちゃってるのよ。医者もプロのピアニストになるには神経が弱すぎるからよした方がいいって言うしね。それで私c大学を出てからは家で生徒をとって教えていたの。でもそういうのって本当に辛かったわよ。まるで私の人生そのものがそこでばたっと終っちゃたみたいなんですもの。私の人生のいちばん良い部分が二十年ちょっとで終っちゃったのよ。そんなのってひどすぎると思わない私はあらゆる可能性を手にしていたのにc気がつくともう何もないのよ。誰も拍手してくれないしc誰もちやほやしてくれないしc誰も賞めてくれないしc家の中にいて来る日も来る日も近所の子供にバイエルだのソナチネ教えてるだけよ。惨めな気がしてねcしょっちゅう泣いてたわよ。悔しくってね。私よりあきらかに才能のない人がどこのコンクールで二位とっただのcどこのホールでリサイタル開いただのcそういう話を聞くと悔しくってぼろぼろ涙が出てくるの。

    両親も私のことを腫れものでも扱うみたいに扱ってたわ。でもねc私にはわかるのよcこの人たちもがっかりしてるんだなあって。ついこの間まで娘のことを世間に自慢してたのにc今じゃ精神病院帰りよ。結婚話だってうまく進められないじゃない。そういう気持ってね緒に暮らしているとひしひしつたわってくるのよ。嫌で嫌でたまんなかったわ。外に出ると近所の人が私の話をしているみたいでc怖くて外にも出られないし。それでまたボンッよ。ネジが飛んでc糸玉がもつれてc頭が暗くなって。それが二十四のときでねcこのときは七ヶ月療養所に入ってたわ。ここじゃなくてcちゃんと高い塀があって門の閉っているところよ。汚くて。ピアノもなくて私cそのときはもうどうしていいかわかんなかったわね。でもこんなところ早く出たいっていう一念でc死にもの狂いで頑張ってなおしたのよ。七ヶ月――長かったわね。そんな風にしてしわが少しずつ増えてったわけよ」

    レイコさんは唇を横にひっぱるようにのばして笑った。

    「病院を出てしばらくしてから主人と知り合って結婚したの。彼は私よりひとつ年下でc航空機を作る会社につとめるエンジニアでc私のピアノの生徒だったの。良い人よ。口数が少ないけれどc誠実で心のあたたかい人で。彼が半年くらいレッスンをつづけたあとでc突然私に結婚してくれないがって言い出したの。ある日レッスンが終ってお茶飲んでるときに突然よ。私びっくりしっちゃたわ。それで私c彼に結婚することはできないって言ったの。あなたは良い人だと思うし好意を抱いてはいるけれどcいろいろ事情があってあなたと結婚することはできないんだって。彼はその事情を聞きたがったからc私は全部正直に説明したわ。二回頭がおかしくなって入院したことがあるんだって。細かいところまできちんと話したわよ。何が原因でcそれでこういう具合になったしcこれから先だってまた同じようなことが起るかもしれないってね。少し考えさせてほしいって彼が言うからどうぞゆっくり考えて下さいって私言ったの。全然急がないからって。次の週彼がやってきてやはり結婚したいって言ったわ。それで私言ったの。三ヶ月待ってって。三ヶ月二人でおつきあいしましょう。それでまだあなたに結婚したいと言う気持があったらcその時点で二人でもう一度話しあいましょうって。

    三ヶ月間c私たち週に一度デートしたの。いろんなところに行ってcいろんな話をして。それで私c彼のことがすごく好きになったの。彼と一緒にいると私の人生がやっと戻ってきたような気がしたの。二人でいるとすごくほっとしてねcいろんな嫌なことが忘れられたの。ピアニストになれなくったってc精神病で入院したことがあったってcそんなことで人生が終っちゃったわけじゃないんだc人生には私の知らない素敵なことがまだいっぱい詰まっているんだって思ったの。そしてそういう気持にさせてくれたことだけでc私は彼に心から感謝したわ。三ヶ月たってc彼はやはり私と結婚したいって言ったの。もし私と寝たいのなら寝ていいわよって私は言ったの。私cまだ誰とも寝たことないけれどcあなたのことは大好きだからc私を抱きたければ抱いて全然構わないのよ。でも私と結婚するっていうのはそれとはまったく別のことなのよ。あなたは私と結婚することでc私のトラブルも抱えこむことになるのよ。これはあなたが考えているよりずっと大変なことなのよ。それでもかまわないのって。

    構わないって彼は言ったわ。僕はただ単に寝たいわけじゃないんだc君と結婚したいんだc君の中の何もかも君と共有したいんだってね。そして彼は本当にそう思ってたのよ。彼は本当に思っていることしか口に出さない人だしc口にだしたことはちゃんと実行する人なのよ。いいわc結婚しましょうって言ったわ。だってそう言うしかないものね。結婚したのはその四ヶ月後だったかな。彼はそのことで彼の両親と喧嘩して絶縁しちゃったの。彼の家は四国の田舎の旧家でねc両親が私のことを徹底的に調べてc入院歴が二回あることがわかっちゃったのよ。それで結婚に反対して喧嘩になっちゃったわけ。まあ反対するのも無理ないと思うけれどね。だから私たち結婚式もあげなかったの。役所に行って婚姻届けだしてc箱根に二泊旅行しただけ。でもすごく幸せだったわc何もかもが。結局私c結婚するまで処女だったのよc二十五歳まで。嘘みたいでしょう」

    レイコさんはため息をついてcまたバスケットボールを持ちあげた。

    「この人といる限り私は大丈夫って思ったわ」とレイコさんは言った。「この人と一緒にいる限り私が悪くなることはもうないだ

上一页 加入书签 目录 投票推荐

推荐阅读: 抗日狙击手   杨潇唐沐雪   月亮在怀里   穿成耽美文炮灰女配   咸鱼他想开了   武道科学   谁让你不认真创世!   网游之泱泱华夏   铠圣   我的明星未婚妻   异界之遍地黑店   都市阴天子   仙纵   侠气纵横   狂野大唐   妖灵的位面游戏   阴曹地府大云盘   在修仙界的相师   你的完美人生  

温馨提示:按 回车[Enter]键 返回书目,按 ←键 返回上一页, 按 →键 进入下一页,加入书签方便您下次继续阅读。章节错误?点此举报